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秋葉原の由来

現在の秋葉原電気街のあたりは、江戸時代下級武士の移住地域であった。

「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたように、当時は火事が多く、この秋葉原かいわいも江戸時代を通して火災に悩まされていた。

1869年(明治2年)相生町(あいおいちょう)の大火を機会に、当時の明治政府下の東京府は9000坪の日除地(ひよけち)を当地に設置し、翌1870年(明治3年)に、遠州(現在の静岡県)から火除けの秋葉大権現(あきばだいごんげん)を勧請(かんじょう)し、鎮火神社としてまつった。

当時は鎮火原と呼ばれていたが、鎮火神社が秋葉神社と改められると、秋葉原(あきばはら・あきばっぱら)と呼ばれるようになった。

現在「あきば」と略されてるのは、この辺りが起源となっている。

1890年(明治23年)に上野から鉄道が延長されて、新しく当地に駅が開設されることになり、駅名は「秋葉原(あきはばら)」と名付けられ、その名前が一般化し、全国的には「あきはばら」という読み方が定着していく。

一般に、秋葉原電気街は、太平洋戦争後、駿河台/小川町界隈の闇市が、徐々にラジオ部品を専門に扱うようになり、1951年(昭和26年)の露店整理令によって、ガード下に収容されたことが始まりといわれている。

しかし、実は戦前から、このエリアで家電卸売り/小売を営んでいた会社があった。