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第3章~高度経済成長の終焉とオイルショック~ 昭和40年代

章~高度経済成長の終焉とオイルショック~ 昭和40年代  

 

昭和40年代を総括すると、昭和43年にGNPが資本主義国内で第二位になったこと、昭和45年大阪万国博覧会開催二つの出来事を代表とする高度成長期のピークと、昭和46年のニクソンショック(ドルの金兌換停止発表)、中東戦争を契機とする昭和48年のオイルショックに代表される、低成長時代への移行という、日本の経済史の中でも大きな変化の時代であった。

具体的な社会現象としては、戦後のベビーブーム世代が成人化し、新しい価値観の消費行動、文化行動を行うことが時代をひっぱった時代であった。

昭和40年のエレキギターブーム、昭和44年の東大安田講堂事件、昭和47年日本赤軍「浅間山荘事件」などの社会的な事件や現象は、団塊の世代が旧来の日本の価値観とぶつかりあったり、新しい価値観で行動することによって生じたものであり、結果的には新しい価値観と消費の世代の生まれた10年であった。

そのような昭和40年代に秋葉原は、日本の家電業界はどのように発展していったのだろうか?

まず、日本全体の昭和40年代を整理してみよう

 

【日本全体の昭和40年代(経済編)】

東京オリンピックの準備の特需と、昭和30年代の高度成長の反動で、昭和39年は東京オリンピックの開催など華やかなことが多かったが、日本全体としては、求人難など不況であった。

昭和40年を底として、再び景気は上昇期に入り、昭和45年夏までのいわゆる「いざなぎ景気」を謳歌した。

昭和41年度から昭和45年度までの経済成長の実質成長率は年平均11.6%に達した。

GNPが世界第二位になったこのころから「経済大国」「エコノミックアニマル」という言葉も聞かれるようになった。

特に固定相場制に守られた輸出が